私は今から18年前、派遣会社F社に登録し、秋の収穫期にだけ募集される精米工場の短期アルバイトに応募しました。当時は副業が今ほど一般的ではなく、会社員が休日に働くことに後ろめたさを覚える時代でしたが、私は「副業で少しでも収入を増やしたい」という思いに突き動かされ、深く考えずに飛び込んでしまったのです。勤務期間はわずか2日間、朝9時から夕方5時までの8時間勤務で時給は950円。今の感覚からすると決して高時給ではありませんが、当時の関東圏においては比較的高い水準でした。短期間で効率よく稼げるという点に魅力を感じた私は、仕事内容を細かく確認することなく即決してしまいました。
工場は最寄り駅から離れた工業団地の中にあり、アクセスは決して良いとは言えません。車を持っていなかった私は、駅から出ているシャトルバスを利用しました。朝のバスには私と同じように派遣会社から集められた仲間たちが乗り込んでおり、バスの中は不思議な緊張感と期待感に包まれていました。初めて顔を合わせる人たちなのに、同じ目的地に向かう仲間意識のようなものが芽生え、妙な連帯感があったことを今でも覚えています。
派遣先の工場は、想像していたほど殺伐とした雰囲気ではなく、むしろ温かみがありました。工場長は厳格そうに見えましたが、作業手順を一つひとつ丁寧に説明してくれ、社員の方々も「体力的に大変だから無理しないで」と声をかけてくれる優しさがありました。同じ派遣仲間とも昼食を共にしながら自然と会話が生まれ、短いながらも人間関係の居心地の良さを感じることができました。孤独に黙々と作業することを想像していた私は、少し安心したのを覚えています。
しかし、仕事内容自体は想像以上に体力を消耗するものでした。精米されたお米が20kg前後の袋に詰められてベルトコンベヤーに流れてきます。それを次々とパレットに積み上げたり、フォークリフトで運ばれてきた米袋を再びコンベヤーに乗せたりする作業が延々と続きます。さらに、袋の破損や異常がないか確認する作業もあり、腰や腕、膝にかかる負担はかなりのものでした。最初のうちは「大変だけど、なんとかなる」と思っていましたが、同じ動作を何百回と繰り返すにつれて、全身が重く鉛のように感じてきます。
初日の夜は、筋肉痛で布団に入っても体がずっしりと重く、翌朝ベッドから起き上がるだけでも一苦労でした。それでも「あと1日頑張れば終わる」という思いで、無理を押して2日目の勤務に臨みました。午前中は気力で乗り切れたものの、午後に差し掛かったころ、ついにその瞬間が訪れます。慣れが出てきた私は、作業を早く終わらせたいという焦りから、本来なら膝を曲げて腰を守りながら持ち上げるべき米袋を、前かがみの姿勢で持ち上げてしまいました。その瞬間、腰に電気が走るような激痛が突き抜け、思わずその場にしゃがみ込んでしまったのです。

周囲の社員さんが慌てて駆け寄り「大丈夫か?」と声をかけてくれましたが、私は痛みに顔を歪めながらも「大丈夫です」と無理に笑顔を作り、残り時間がわずかだったこともあり、何とか作業を続けました。気力だけで乗り切ったものの、帰宅してからも痛みは収まらず、翌朝になっても腰を動かすたびに激痛が走りました。病院を受診すると診断は「軽いぎっくり腰」。医師からは「しばらく安静に」と告げられました。
問題はここからです。私の本業は事務職で、長時間デスクに座りパソコン作業を行う仕事でした。普段なら何の苦もなくこなせる業務も、腰痛を抱えた状態では椅子に座っていること自体が苦痛となり、結果として数日間は有給休暇を取らざるを得なくなりました。会社の上司から「どうしたの?」と聞かれて、まさか「副業で腰を痛めた」とは言えず、「はぁ、、、何ででしょう。。」と曖昧か事を言い、首をかしげられてしました。副業で得た収入は2日間で数万円程度。しかし、その代償として本業で失った時間と信頼は、それ以上に大きなものでした。
この経験から私は、「副業はお金になる」という表面的なメリットの裏に「健康へのリスク」や「本業への影響」が潜んでいることを身をもって学びました。副業で収入を得ること自体は悪いことではありませんが、本業に支障をきたすような働き方は本末転倒です。特に肉体労働系の副業は短期間で集中して稼げる一方で、体力的な負担が非常に大きく、無理をすれば私のようにぎっくり腰や怪我につながるリスクが高いと言えるでしょう。
振り返ってみると、学びは大きく三つありました。
- 第一に、体力を過信しないこと。若さや気合だけで乗り切れると思うのは危険です。
- 第二に、副業は本業を犠牲にしてはいけないこと。副業はあくまで本業を支えるための手段であり、本業に悪影響を与えるようでは意味がありません。
- 第三に、仕事内容を具体的に想像して選ぶこと。時給や勤務時間だけで判断するのではなく、どのような姿勢で、どのくらいの重量物を扱い、何時間繰り返すのかまでイメージすることが大切だと痛感しました。
現代では当時に比べ、副業の選択肢は大きく広がりました。在宅ワークの普及により、ライティングやデータ入力、動画編集といった自宅でできる副業が一般的になり、専門スキルを活かすことで長期的に収入を得られる仕組みも整っています。さらにブログ運営やネットショップ、YouTubeなど、資産性のある副業も増えてきました。とはいえ、今でも工場や物流など肉体労働系の短期バイトは根強い人気があります。短期間でしっかり稼ぎたい人にとって魅力的ですが、健康や体力面のリスクを考慮したうえで選ばなければ、私のように「収入よりも大きな代償」を払うことになりかねません。
副業を始める前には必ず、本業に支障をきたさないか、健康に無理はないか、将来的にスキルや経験につながるか、労災や保険の仕組みを理解しているか、そして収入とリスクを天秤にかけて冷静に判断できているかをチェックする必要があります。副業は収入を増やすための有効な手段である一方、選び方を誤れば健康やキャリアを損なうリスクさえあるのです。
精米工場での短期バイトは、私にとって収入以上の学びを与えてくれました。副業は「どれだけ稼げるか」ではなく「どれだけ続けられるか」が重要であり、健康と本業を守ることこそが最優先だということを、ぎっくり腰という痛い失敗を通じて知ったのです。これから副業を考える方には、ぜひ収入面だけでなく、自分の体力やライフスタイル、本業への影響も含めて慎重に判断してほしいと思います。